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新潟地方裁判所高田支部 平成10年(ワ)98号 判決

原告 A野太郎

右訴訟代理人弁護士 近藤明彦

被告 B山松夫

右訴訟代理人弁護士 筒井信隆

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

一  請求

1  被告は原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一〇年九月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告に対し、別紙目録一記載の謝罪文を、別紙目録二記載の形式で掲載した文書を一回、日本労働組合総連合会新潟県連合会上越地域協議会の構成組織代表者全員及び幹事全員に配布せよ。

3  1項につき仮執行宣言

二  事案の概要

本件は、被告が平成一〇年九月九日、「連合上越地域協議会議長B山松夫」名義で、構成組織代表者、地協幹事宛に出した「A野(地協副議長)新井支部長の支部長解任について」と題する書面(本件書面)の内容が原告の名誉及び信用を著しく毀損するもので不法行為に該当するとして、慰藉料の支払い及び謝罪文の配布を求める事案である。

三  争いのない事実

原告は平成九年八月、九月の時点で、新井市役所職員組合の組合員で、全日本自治団体労働組合新潟県本部上越総支部(自治労上越総支部)執行委員長の役職にあった。また、原告は日本最大の労働組合の連合体組織である日本労働組合総連合会(連合)の新潟県における組織である日本労働組合総連合会新潟県連合会(連合新潟)の上越地方の地域組織の日本労働組合総連合会新潟県連合会上越地域協議会(上越地協)の副議長幹事であり、上越地協の新井地区の地域組織である日本労働組合総連合会新潟県連合会・上越地域協議会・新井支部(新井支部)の支部長の役職にあった。

被告は上越地協議長幹事の役職にあった。

本件書面には、「A野(地協副議長)新井支部長の支部長解任について」との表題で、①「幹事会は、新井市長選挙についてはC川竹夫氏の推薦決定をしているにもかかわらず、A野副議長(新井支部長)が対立候補の動きを行っている現状を無視できないとして、D原副議長(E田電気新井支部出身)に支部長を交替してもらうこととしました。」、②「支部は連合新潟及び連合新潟上越地協の組織及び運動を形成する一体的組織として位置付ける(支部運営規則三条)。との条項からしても、C川氏の推薦決定(確認)後に対立候補を擁立しようとする行動については重大な反組織的行為といえます。」、③「A野副議長は支部長解任の処分について、受け入れられないとし、任期中は支部長であると主張、支部役員会の招集をおこない4人しか集らない会議に自分の意見を一方的に話し、①新井市長選には協力できない、②市長選は自主判断で行ってほしいとの内容で会議決定したごとく支部役員に文書通知する行為を行いました。」と記載されていて、平成一〇年九月九日付けで上越地協の構成組織の代表者及び幹事宛に配布された。

四  争点

1  新井支部支部長からの解任

(原告の主張)

平成一〇年八月四日に開催された上越地協の幹事会において決定されたのは原告の解任ではなく、新井支部長の原告からD原上越地協副議長への交替である。すなわち、原告に新井支部長を辞任してもらい、D原副議長と交替してもらうように要請することを決定したに過ぎない。原告を新井支部長から解任する旨の決定は存在しない。

仮に、上越地協幹事会において原告を新井支部長から解任する旨の決定をしたとしても、それは次の通り無効である。

連合、連合新潟、上越地協等の新井支部の上部組織の規則には新井支部の役員の選任・解任の権限が上越地協幹事会その他新井支部以外の機関にあると定めた規定はない。ところで、新井支部の運営規則(運営規則)九条では、「連合上越新井支部に次の役員を置く。1支部長1名(以下省略)」と定められている。運営規則中に、支部長一名を置くと定められていることから、新井支部それ自体に支部長その他の役員の選任権限があると解釈するのが最も自然である。さらに、運営規則の下部規範である新井支部運営細則(運営細則)三条では、「1支部に以下の役員をおきます。役員任期は、選出された総会から2年間とします。(中略)。2役員に欠員が生じた場合は、支部役員会で補充し、連合上越地域協議会幹事会で承認します。(以下省略)」と定められている。これによれば、新井支部の役員は新井支部総会で選任されることが明らかであり、欠員が生じた場合には、支部役員会が選任し、上越地協幹事会の承認が必要とされているのである。

仮に、運営細則が上越地協の承認を受けていないものであり、運営規則に支部役員選任に関する規定がないとしても、運営規則一二条では、「1この規則に定めていないことは、連合上越地域協議会の運営規則による。(以下省略)」と定めている。そして、運営規則一二条にいう上越地協の運営規則に該当する上越地域協議会運営要綱(運営要綱)一九条では、「地域協議会の役員は総会で選出する。」と、二〇条では、「1役員の任期は、選出された総会から2年間とする。(中略)2役員に欠員が生じた場合は、幹事会で補充し地協委員会で承認する。(以下省略)」と定められている。運営規則三条は、運営規則一二条の規定の趣旨を具体的に整理して条文化したものであるから有効なものである。

運営要綱七条では、(運営の基本)の表題で「(中略)2地域協議会は、運営の必要により、地域協議会内に支部を置くことができる。(以下省略)」と、一六条では、(幹事会)の表題で「(中略)必要により専門部を置くことができる。」と定められている。運営要綱の規定では、支部は上越地協の運営の基本事項として位置付けられているのに対し、専門部は幹事会の下部機構として位置付けられている。支部と専門部は運営要綱上同列には扱われておらず、支部を上越地協幹事会の下部機構である専門部と見ることはできない。

さらに、新井支部の運営の実状として、支部長を含む支部役員は新井支部総会で選任されてきた。

以上いずれにしても、上越地協幹事会には新井支部の役員を選任する権限はない。そして、選任権限がない以上、上越地協幹事会には新井支部の支部長を含む役員を解任する権限はない。

(被告の主張)

運営規則には支部役員の選任方法を定めていない。また、その選任方法を定めている運営細則は上越地協の承認を得ていないから無効なものである。

ところで、運営規則一二条では、「(中略)2この規則に疑義が生じた場合の権限は連合新潟執行委員会が有し(以下省略)」と定めている。そして、平成五年一二月一〇日に開催された連合新潟第三回定期大会において、「支部役員の具体的配置は当該支部で検討し、地協の承認を得るものとする」と決定されたから、上越地協が新井支部の役員の選任・解任の権限を有していることは明らかである。上越地協の役員の選任・解任は運営要綱上、上越地協総会または上越地協委員会の権限とされているが、新井支部の役員は上越地協の役員ではなく、それより下位に位置付けられているから、上越地協委員会よりも下位に位置付けられている上越地協幹事会が決定しても規約違反とはならない。そして、上越地協幹事会は下部機構として「組織・教宣部」等の専門部を設けているが、その一つとして「支部活動推進部」を設け、上越地協ではそこに配置された幹事を各支部の支部長ないし事務局長に選任するのを原則としてきた。上越地協幹事会は平成八年一月七日、原告を支部担当推進部に配置し、同時に新井支部長に選任した。なお、原告は三代目新井支部長であるが、原告までの三代の新井支部長はいずれも上越地協幹事会で決定してきた。

以上のとおり、新井支部長は上越地協幹事会が選任しており、上越地協幹事会には新井支部長を解任する権限もあることは明らかである。

なお、原告の新井支部長解任は連合新潟及び上越地協総会の承認を得ている。

2  新井市長選挙対立候補の擁立

(原告の主張)

本件書面は、上越地協が新井市長選挙にC川竹夫の推薦を決定しているのに、原告が対立候補を擁立しようとしているとして、重大な反組織的行為であるとしている。

その具体的内容は、市民団体である「二一世紀の地方自治を考える会」が主催したA田梅夫の講演会(本件講演会)の案内のビラ(本件ビラ)に「後援「自治労上越総支部」支部長A野太郎(連合新井支部長)」と記載されていることである。これは同団体から自治労上越総支部に後援の依頼があり、自治労上越総支部が後援を決めたために、原告はその旨をビラに記載することを許したにすぎないものである。そもそも、本件講演会は新井市長選挙とは関係のない一般の講演会であり、これを後援することがいかなる意味でも上越地協に対する反組織的行為には該当しない。

(被告の主張)

原告は上越地協が新井市長選挙にC川竹夫を推薦決定することに反対していた。原告はA田梅夫を新井市長選挙に擁立する活動を積極的に進めていたものであり、本件講演会はその一環であった。

3  新井市長選挙への非協力

(原告の主張)

本件書面には、①原告は四人しか集まらない新井支部役員会議において、自分の意見を一方的に話し、①新井市長選には協力できない、②市長選は自主判断で行って欲しい内容を会議で決定したごとく新井支部役員に通知した旨の原告が上越地協に対する反組織的行為を継続しているかのような記載がある。

しかし、原告は右役員会議において一方的に意見を述べたことはなく、民主的に話し合われた結果を通知したものにすぎない。また、通知の内容も新井市長選挙に新井支部として協力しない旨を決定したものではなく、また、上越地協からの要請伝達は行う旨を通知しており、新井支部として行うべき協力をなす事を表明しているのである。そして、労働組合が必要な政治活動をすること自体は許されるとしても、個々の組合員にこれを強制することはできないのであるから、新井市長選挙への個々の組合員の協力を自主的なものとすることは当然のことであり、何ら上越地協に対する反組織的行為には該当しない。

(被告の主張)

原告は新井市長選挙について自主的な判断に任せることとした旨通知しているのであるが、これはC川竹夫を新井市長選挙の推薦候補とした上越地協及び新井支部の方針に反するものであることは明らかである。

4  その他

(被告の主張)

(1) 本件書面を配布した行為は被告の行為でなく、上越地協の行為であるから、被告には当事者適格はない。

(2) 被告は本件書面の内容決定、配布に関与していない。

(3) 新井支部長は上越地協幹事会の下部機構である専門部の一部署に過ぎない任務であるから、その解任は司法審査の対象とはならない。

五  判断

1  原告は本訴において、不法行為を理由として被告に損害賠償と謝罪文の送付を求めているから、本訴は講学上の給付訴訟に該当する。給付訴訟においては、実体上の義務の有無に関わらず、原告から給付義務があるとされたものに被告適格があると解されるところ、本訴においては原告は被告にその義務があると主張しているから、被告には被告適格がある。

また、本訴は本件書面が原告の名誉及び信用を毀損することを理由とする損害賠償請求であって、原告が新井支部長の地位にあるか否かを争う訴訟でないから、仮に新井支部長が労働組合である上越地協の一部署に過ぎない任務であるとしても、司法審査の対象にならないものではないと解する。

2  新井支部長の選任・解任権限

(一)  運営細則三条は、「1支部に以下の役員をおきます。役員任期は、選出された総会から2年間とします。(中略)2役員に欠員が生じた場合は、支部役員会で補充し、連合上越地域協議会幹事会で承認します。」と定めているが、運営細則には役員の解任に関する規定はない。運営細則三条が効力のあるものであれば、新井支部の役員である支部長は原則として新井支部の総会が選任し、欠員となった場合には新井支部役員会が選任し、上越地協幹事会の承認を必要とすることになる。

ところで、運営細則一条は、「この運営細則は、連合上越地域協議会運営要綱及び新井支部運営規則にもとづき定められています。(以下省略)」と定めている。運営細則一条から、運営細則は運営規則の下部規範ということができる。そして、運営規則一条は、「この運営規則は連合上越地協運営規則第7条(運営の基本)2項により定められたものである。」と定めている。運営規則一条にいう連合上越地協運営規則は運営要綱を指すものと解されるが、運営要綱七条二項は、「地域協議会は、運営の必要により、地域協議会内に支部を置くことができる。この場合の運営方法は、連合新潟が示す基準により別途定める。」と定めている。

平成三年一二月一〇日に開催された連合新潟第三回定期大会において、「支部運営規則の制定」として、「「第3回地方委員会」確認の次の支部設置基本方針(支部設置基本方針)により「支部運営規則」を別紙の通り定める。」として、「日本労働組合総連合会新潟県連合会○○地域協議会○○支部運営規則(案)」(運営規則案)が定められ、支部設置基本方針の中では、「支部設置の基本方針について」、「地域組織の推進母体は、あくまでも地域協議会であることを再認識し、以下の方針により必要最小限の支部結成を認める。」とし、「支部の任務と機能(中略)⑤規約は策定せず、地協運営要綱を準用する。」と決定された。この連合新潟第三回定期大会で決定された運営規則案と支部設置基本方針が運営要綱七条二項にいう、「連合新潟が示す基準」に該当するものと解される。

連合新潟は運営規則案を定めているから、各支部が運営規則案に基づく規約を定めることは認めていると解される。しかし、支部設置基本方針の内の「支部の任務と機能」⑤からすると、連合新潟は運営規則案に基づく規約以外の支部独自の規約を策定することは認めていないと解される。そして、運営規則は運営規則案の地協名、支部名及び発効日の空白部分に必要な補充をしただけのものであるから、有効なものと認められる。しかし、連合新潟は運営規則案に基づくもの以外の規約の存在を認めていないから、運営細則は効力を有しないものと解される。

(二)  前記(一)記載のとおり、運営規則は有効なものと解される。

運営規則九条は、「連合上越新井支部に次の役員を置く。1支部長1名(以下省略)」と定めているが、運営規則には支部長の選任をどのように行うかを定めた規定はなく、解任に関する規定もないが、運営規則一二条は、「1この規則に定めていないことは、連合上越地域協議会の運営規則による。(以下省略)」と定めている。

ところで、運営要綱一九条は、「地域協議会の役員は総会で選出する。」と、二〇条は、「(中略)2役員に欠員が生じたときは、幹事会で補充し地協委員会で承認する。(以下省略)」と、二二条で、「地域協議会の役員が重大な責務違反を犯し、あるいは、連合を著しく傷つけるような行為をした場合、もしくは役員としての地位を続けることが不適当と認められた場合は、その任期中であっても総会ならびに地協委員会の決定により役員を解任されることがある。」と定めている。

運営規則一二条により、運営要綱一九条、二〇条、二二条が新井支部の役員の選任・解任に準用されると解することは可能である。

一方、連合新潟規約(連合新潟規約)三二条は、「1連合新潟の役員は、定期大会で出席代議員の直接無記名投票で選出する。(以下省略)」と、三三条は、「(中略)2役員に欠員が生じたときは、臨時大会または至近の地方委員会で補充する。(以下省略)」と、三五条は、「連合新潟の役員が重大な責務違反を犯しあるいは連合を著しく傷つけるような行為をした場合、もしくは役員としての地位をつづけることが不適当と認められた場合は、その任期中であっても、大会ならびに地方委員会の決定により役員を解任されることがある。」と定めていて、役員の選任・解任について具体的規定を有している。また、前記のとおり運営要綱も役員の選任・解任について具体的な規定を定めている。

連合新潟規約、運営要綱ともに役員の選任・解任について具体的な規定を設けていることからすると、連合新潟が支部の役員を支部において選任・解任すべきものと考えていたのであれば、連合新潟規約や運営要綱の様に役員の選任・解任について具体的規定を定めるのが通常と考えられる。そして、支部役員を支部において選任・解任することとしていたのにその規定を運営規則案に設けないことを妨げるような事情はないことも併せ考えると、運営規則に役員の選任・解任の規定がないことは、支部にその権限を付与しないことを窺わせるものである。

(三)  連合新潟第三回定期大会で決定された支部設置基本方針においては、「地協幹事会の任務」として、「(中略)②支部活動について協議・決定し、必要な指導を行う。」と、「支部の任務と機能」として、①地協幹事会の決定をふまえ、支部内の独自課題に取り組むものとする。②会費は徴収せず、地協からの運動に応じた交付金により活動する。③役員は、支部長・副支部長・事務局長・幹事(若干名)を置くことができるものとする。なお、具体的配置は当該支部で検討し、地協の承認を得るものとする。④支部責任者は、当該支部出身の地協役員を配置するものとする。(以下省略)」と定められている。

「地協幹事会の任務」②と「支部の任務と機能」①から、支部活動については、地協幹事会で協議決定し、支部は地協幹事会の決定をふまえて支部内の独自課題に取り組むこととなるが、それについても地協幹事会が必要な指導を行うこととされている。つまり、支部の活動は地協幹事会の決定をその指導の下で行うとされているのである。このことから、連合新潟は支部を地協幹事会の決定を実行するものとして位置付けているというべきである。

また、「支部の任務と機能」②から、支部は独自に会費等を徴収する権限がなく、地協からの交付金で運営されることとされている。独自の財政権がないことから、連合新潟は支部を独立した組織とは位置付けていないというべきである。そして、前記のとおり、支部は地協幹事会の決定を実行するものとして位置付けられていることを考慮すると、支部は地協幹事会の下部機構として位置付けられているものというべきである。

ところで、「支部の任務と機能」③では支部の役員の具体的配置は当該支部で検討し、地協の承認を得るものとするとされている。この「配置」について、原告は支部にどのような種類の役員を置くかを意味するもので、役員の選任を意味しないと主張し、被告は役員の選任を意味するものと主張している。他方、「支部の任務と機能」④は、「支部責任者は、当該支部出身の地協役員を配置するものとする。」と定めている。この「配置」は「選任」を意味するものであることは明らかである。同一用語は同一の意味を有するものと解すべきであるから、「支部の任務と機能」③にいう「配置」も「選任」を意味すると解するのが相当である。

「支部の任務と機能」③では、支部役員の具体的配置、すなわち選任は当該支部で「検討」し、地協の承認を必要とすると定められている。「選任」あるいは連合新潟規約や運営要綱のように「選出」という用語が使用されていないこと、運営規則案及び運営規則に支部あるいは支部の機関において役員を選任する旨の規定がないことから、支部は誰を役員にするかを検討し、地協にその結果を報告し承認を求めることはできるが、選任権限はないものとされていることが窺われる。また、支部役員の具体的配置について「承認」する「地協」の機関は、前記のとおり、支部が地協幹事会の下部機構であることから、地協幹事会と解するのが相当である。

結局、運営規則案及び支部設置基本方針には支部役員について、「選任」あるいは「選出」という用語は使用されていないから、支部の役員選任の権限がどこにあるのかは必ずしも明確ではない。しかし、支部は地協幹事会の指導の下、その決定を行う下部機構であることからすると、支部役員は地協あるいは支部の機関ではなく、地協幹事会の下、その決定を実行するための一部署と解する余地がある。そして、支部役員が機関でなく地協幹事会の一部署であるとすれば、連合新潟規約あるいは運営要綱がその機関である「役員」について、「選出」という用語を使用しているのに対し、支部設置基本方針において支部役員についてはこの用語を使用せず、「配置」、「検討」、「承認」という異なる用語を使用し、運営規則案において、支部役員の選任方法を定めていないことを説明することが可能となる。

以上から、支部役員は支部の機関ではなく、地協幹事会の下部機構である支部の任務分担の一環としての一部署と認めるのが相当である。そして、支部役員については、当該支部の検討の結果を聞いた上で、地協幹事会が承認という形で任命するものと解するのが相当である。そして、支部役員の解任について特段の規定はないから、地協幹事会に任命権があることから、地協幹事会に支部役員の解任権があるものと解するのが相当である。

前記のとおり、支部の役員の選任・解任権は地協幹事会にあると解されるから、新井支部の役員の選任・解任の権限は上越地協幹事会にあるものと解される。

ところで、原告は新井支部の役員は新井支部の総会で選任されていたと主張し、それに沿う証拠も存在するが、前記(三)のとおり、支部役員は当該支部で検討し、地協幹事会で承認することとなっているから、新井支部においてどの人物をどの役職の役員にするかを協議し、そのとおりに役員が決まっていたとしても、それは新井支部総会において役員を決定したのではなく、新井支部総会の「検討」の結果を上越地協幹事会がそのまま「承認」していたと解することが可能である。そして、平成一〇年八月四日に開催された上越地協幹事会において、新井支部長を原告からD原副議長に「交替」(交替の意味については後記3記載のとおり解任と認める)することを議決した際に、上越地協幹事会で新井支部長の「交替」を決めても問題がないかとの質問が出て、支部は地協の付属組織であり、新井支部長の場合はこれまでも、地協幹事会で支部管内選出役員(幹事)に就任してもらってきているとの説明がなされ、そのうえで新井支部長の「交替」の議決をしているところ、出席幹事が右説明に異議を述べた形跡はないから、少なくとも出席幹事は新井支部長が上越地協幹事会で決定されてきたという認識を有していたと認められる。結局、新井支部総会で新井支部役員を決めたという行為は、支部設置基本方針にいう「検討」に過ぎないと認めるのが相当であり、新井支部の役員の選任・解任の権限は上越地協幹事会にあるとの、前記認定を左右するものではない。

3  新井支部長解任の有無

前記2の(三)記載のとおり、平成一〇年八月四日に開催された上越地協幹事会において、新井支部長を原告からD原副議長に「交替」するとの議決がされている。また、B野新潟県議会議員は平成一〇年八月二〇日、原告と会い、支部長辞任届を出して治めたらどうかと説得している。これらをとらえて、原告は右議決は、原告を新井支部長から解任するとしたものではなく、原告に新井支部長を辞任してもらい、その後任をD原副議長とする旨の議決であると主張している。

確かに、上越地協幹事会においては「解任」という言葉は使用していない。しかし、本件書面では、表題に「解任」という言葉を使っている(争いのない事実)ところ、本件全証拠によるも上越地協の幹事から、平成一〇年八月四日の議決は「解任」ではないはずだとの異議が出たことを窺わせるものはないから、出席していた幹事は、用語は「交替」ではあるが、その実質は「解任」であると認識していたと認めるのが相当である。

また、我が国においては、解雇事由のある社員あるいは退学事由のある生徒に対して、会社あるいは学校から排除することを決定した後に本人に退職届あるいは退学届を出させようと説得することがしばしば行われていることは顕著な事実である。これらのことは解雇あるいは退学処分にすると本人の名誉に傷が付くことや、紛争が生じることがあるために、穏便にことを収めるために行われているものである。B野県議が原告に新井支部長の辞任を勧めたことは、事態を穏便に収めようとしたためであると解され、原告が新井支部長から解任されたことを否定する事情ではない。

原告は平成一〇年八月四日開催の上越地協幹事会で新井支部長から解任されたものと認める。

4  新井市長選挙対立候補の擁立

労働組合であっても、具体的な選挙において特定の候補を推薦し、支援活動、選挙活動をすることは許されているものと解される。もっとも、政治活動の自由は基本的人権であり、労働組合は政治団体ではないから、労働組合が具体的な選挙において特定の候補を推薦していたとしても、個々の組合員にそのことを強制できないというべきである。また、個々の組合員が特定の候補を支援しないこと、あるいは他の候補を支援したことを理由に統制処分その他の不利益を課すことは許されないというべきである。

しかし、労働組合が特定の候補を推薦できることからすると、個々の組合員に特定候補を推薦したことを伝え、積極的に支援するように働きかけることは強制に及ばない限り許されるというべきである。また、労働組合の役員はその立場上、個人としては格別、役員としての立場では特定の候補を支援しないこと、あるいは他の候補を支援することは許されないというべきであり、統制に服するものと解するのが相当である。

原告は本件講演会は一般の講演会である(九月二九日二二項)、市長選についての運動は何もしていない(同二五項)と供述している。

しかし、原告が平成一〇年八月二八日にD原副議長宛てに送ったファックスでは、本件ビラ「の内容に一部不適当な点があったこと(支部長の記載)(中略)上記について反省をしています。(中略)議長にお会いして上記2点をお詫び申し上げたいと考えております。(以下省略)」としている。原告も本件ビラに新井支部長との記載があることを反省し、上越地協議長に詫びる必要があると認識していたものと認めるのが相当である。

また、本件講演会は平成一〇年七月二五日に開催されたところ、その終了後、遅くとも平成一〇年八月四日までに本件講演会の講演者であるA田梅夫を本件講演会を主催した「二一世紀の地方自治を考える会」が新井市長選挙の候補者として擁立するための署名活動を開始している。本件講演会開催直後に市長候補擁立の署名運動が行われていることから、本件講演会は新井市長選挙にA田梅夫を擁立する運動の一環であったことが窺える。

そして、平成一〇年八月四日に開催された上越地協幹事会において、原告が新井支部長の肩書きを使って、新井市長選挙に上越地協が推薦している候補以外の候補の担ぎ出し策動を行っていると問題提起されたが、出席幹事からは原告が上越地協推薦候補以外の候補擁立をはかっていることについて、それを疑うような意見は出なかった。当日の上越地協幹事会に出席していた幹事は、本件講演会はA田梅夫擁立運動の一環であると認識していたものと認めるのが相当である。

原告は本件ビラに新井支部長名の記載があることが上越地協との関係で問題があったことは前記のとおり自認している。そして、本件全証拠によるも他に本件講演会が上越地協との関係で問題になることは窺われないから、原告自身も本件講演会がA田梅夫擁立運動の一環であり、そのために上越地協との関係で問題になることを認識していたと認める。

ところで、本件ビラには主催として、「21世紀の地方自治を考える会」会長C山春夫と、後援として、「自治労上越総支部」支部長(正しくは執行委員長)A野太郎(連合新井支部長)と記載され、他に主催者、後援者の記載はない。主催者は一団体で、後援者も一団体であることから、第三者から自治労上越総支部が本件講演会を積極的に支援している、すなわち、A田梅夫の新井市長候補擁立を積極的に支援していると理解されてもやむを得ないものというべきである。つまり、原告の内心に関わらず、自治労上越総支部支部長で上越地協の新井支部長である原告が積極的にA田梅夫擁立をはかっていると理解されてもやむを得ないものというべきである。だけではなく、原告は後記5記載のとおり、上越地協推薦のC川竹夫の支援に新井支部としては消極的に対応する内容の文書を送付しているから、本件講演会を積極的に支援していた、すなわち、積極的にA田梅夫擁立をはかっていたと認めるのが相当である。

本件講演会を後援することはC川竹夫を新井市長候補として推薦している上越地協幹事会の下部機構である新井支部長としての義務に反し、統制の対象となるものというべきである。

5  新井市長選挙への非協力

原告は新井支部長名で平成一〇年九月一日付で、新井支部役員宛に、「役員会議の報告」の表題で、新井市長選挙に関し、「協議の結果、国政選挙と異なり ①首長選は、仕事にも人間関係にも深く、長くシコリが残る ②選挙戦は、法によりできない立場、仕事上困難な立場にある場合も多い このため、上越からの要請伝達は、行えるものの仕事や人間関係で受ける大きな影響の責任は、新井支部で負えないので、それぞれ自主的な判断で対応をお願いすることとしましたので、ご報告します。(以下省略)」との文書(本件送付文書)を送付している。

本件送付文書の内容は、新井市長選挙について、首長選挙は仕事にも人間関係にも深く長くシコリが残る、選挙戦は、法によりできない立場の者や、仕事上困難な立場の者が多いから、上越地協からの要請伝達によって生じる影響の責任は負えないので、各自の判断で対応して欲しいというものである。つまり、新井市長選挙について上越地協の決定にしたがっての、下部組織ないし個々の組合員に対する指導、説得活動はしないということを表明した文書というべきである。

前記4記載のとおり、労働組合は具体的な選挙で特定の候補を推薦することができ、強制に及ばない限り、個々の組合員に積極的に支援を要請できるのである。役員は自己が所属する労働組合が特定の候補の推薦を決定した場合、個人としては格別、役員の立場では組合の決定を誠実に実行する義務があるというべきで、少なくとも、組合の決定に実質的に反する行動をとることは許されないというべきである。

本件送付文書は個人として送付することは許されるとしても、上越地協の下部機構である新井支部の役員である新井支部長としては許されない内容の文書というべきであり、統制の対象となるものというべきである。

しかも、運営規則一〇条は、「会議は、(中略)招集人員の過半数が出席しなければ議事を行うことはできない。」と定められているから、新井支部の役員会はその役員の過半数が出席しなければ成立しないこととなる。

ところが、本件送付文書に記載されている「役員会議」開催当時の役員はほぼ二〇人(原告一一月一〇日二項)であり、出席者は四人にすぎなかった(同一項)のであるから、新井支部役員会議としては成立していなかったというほかない。仮に、原告が新井支部長であり、その場の出席者間で合意に達した事項があったとしても、それはその場に出席した役員有志間での合意に過ぎず、新井支部役員会議が開催され、その場で役員会として決定した事項として伝達することは事実に反することを伝達することになるから、新井支部長としては許されないことである。

また、原告は、「選挙戦は、法によりできない立場、仕事上困難な立場にある場合も多い」ということは自分と新井市役所のD川が話し(一一月一〇日八項)、「このため、上越からの要請伝達は、行えるものの仕事や人間関係で受ける大きな影響の責任は、新井支部では負えない」ということは自分が話した(同九項)、それ以外の人からは意見が出なかった(同一一項)と供述している。

本件書面の、原告は四人しか集まらない新井支部役員会議において、自分の意見を一方的に話し、①新井市長選には協力できない、②市長選は自主判断で行ってほしいとの内容を会議で決定したごとく新井支部役員に通知したとの記載は基本的には事実と認められる。

6  以上によれば、原告は新井支部長から解任されたことになる。そして、原告は上越地協の推薦決定があった候補以外の候補を新井市長選挙に擁立しようとし、新井支部役員会が成立していないのにあたかも新井支部役員会で上越地協の推薦した候補の支援活動をするか否かは各自の判断に任せるという決定がされたかのような内容の文書(本件送付文書)を新井支部役員に送付したのであり、これらの行為は統制の対象となるものであるから、原告が新井市長選挙の行われる地域を対象とする新井支部の支部長であることを考慮すれば、解任する正当な理由があるものというべきで、原告を新井支部長から解任したことには何ら違法な点はないというべきである。

そして、平成一〇年九月五日発行の上越タイムスには、「新井市長選で一騒動」の見出しで、原告が新井支部長から解任されたとの記事が記載されている。このような新聞記事が出た以上、上越地協幹事会にはその間の事情を上越地協加盟の各労働組合及びその傘下組合員に周知させる必要が生じたものというべきである。

本件書面に記載されていることは前記5までに記載したとおり、事実に沿うものであり、上越地協加盟の各労働組合及びその傘下組合員に周知させる必要がある事項が記載されているものであるから、何ら違法なものではない。

7  以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、本訴請求は理由がない。

(裁判官 加藤就一)

〈以下省略〉

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